ドイツ代表3

カンプノウの悲劇

1998~2006年のドイツ代表は主力選手の高齢化、有望な若手選手の不在などで皆ヤバイと思っていたはず。当然色々取り組みをしていた。

ドイツ代表=バイエルン

これが一番当時力を入れた取り組み。バイエルンに優秀なドイツ選手を入れて連携強化をして、そのままドイツ代表を強化してしまう考え。結論から言うと、あまりうまくいかなかった。

確かにバイエルンは強くなったが、ドイツ代表の人材難が解決することはなかった。しかも、全ての選手をドイツ人にするわけにはいかないので、連携強化がそれほど良くはならなかった。

そもそも、いくら連携強化しても選手の能力が高くないと意味がないと思う。

ドイツ代表B

これは実現しなかったことだがフォクツ(デブトナカイの記憶違いかもしれないが)が言ったこと。フォクツ「各クラブもっと積極的に若手選手を使ってほしい。そうしないと我々はドイツ代表Bを作らなければならない。比較的プレッシャーの少ない試合で若手選手に試合経験を積んでもらうためドイツ代表Bでプレーしてもらう」(こんな感じのニュアンスです。違ったらごめんなさい)

ただ実現できなかった。何故かは不明だが推測するとサッカー大国のドイツがB代表チームを作ることなど出来るわけがなく、プライドもあったと思う。

ドイツ代表4に続く(改革)

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投稿者: debutonakai

福島県在住です。サッカー、野球、政治、経済が趣味です。浅い知識ですがよろしくお願いします。

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